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アルツハイマー病が“脳の糖尿病”と言われるのはなぜなのか
認知症の約60%はアルツハイマー病(AD)だ。そのADは一部の研究者の間では「脳の糖尿病」と言われている。なぜか? 「アルツハイマー病は『脳の糖尿病』」(講談社)の著者で、「湘南ホスピタル」(神奈川県藤沢市)で内科医を務める鬼頭昭三広島大学名誉教授に聞いた。
■発症の重要危険因子は「高インスリン」と「高血糖」
糖尿病の人は、そうでない人に比べてADリスクが高いことが知られている。ロッテルダムスタディーではそのリスクは2倍以上とされ、九大の久山町研究でも糖尿病予備群を含め同様のリスクが報告されている。
認知機能が落ちていない通院中の糖尿病の人に頭部MRI画像を用いてADに特徴的な海馬の萎縮を観察する「VSRAD(早期アルツハイマー型認知症診断支援ソフト)」で検査したところ、59%に軽度な海馬萎縮が見られたと鬼頭名誉教授が報告している。海馬は脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官だ。
「糖尿病の95%を占める2型糖尿病には『高インスリン』と『高血糖』という特徴があります。この2つはADの最も重要な危険因子です。糖質の多い食品を食べて血糖値が上昇すると、それを抑制しようとして体中から大量のインスリンがあふれてきます。高インスリンは、細胞に多くの害を与えることがわかっています」
■インスリン抵抗性が神経増殖とAβ分解を阻害
たとえば予備群を含めた中期までの糖尿病患者には、インスリン量は足りているのに機能が十分果たせなくなる人が多い。これを「インスリン抵抗性」と呼ぶ。これが2型糖尿病や脂肪肝などだけでなく、AD発症の一因となる。
「その理由は、インスリンのシグナル伝達は脳内の神経前駆細胞増殖や神経生存を助ける働きがあり、慢性的な高インスリン下ではシグナルが鈍化するからです。インスリン抵抗性は高血圧を招き、動脈硬化の進行を速め脳血管障害になりやすい。結果、脳血管性認知症リスクを高めます。この病気はADと合併しやすいことが知られています」
インスリンは自身の仕事を終えると、インスリン分解酵素(IDE)により分解される。IDEはAD発症に関わるアミロイドβ(Aβ)の分解も担当しているため、慢性的な高インスリン下ではインスリン分解で手いっぱいとなってAβを分解する余裕がなくなり、AD発症リスクが高くなる。
■高血糖が全身に慢性炎症を作り出す
「血糖が高いことはそれ以上に問題です。血液を流れる糖分は多くの異なるタンパク質にくっついて終末糖化産物(AGE)という毒性の強い物質に変わり、さまざまなタンパク質の機能を妨げるからです」
AGEが付着したタンパク質は免疫細胞には異物に見える。そのため、自身のタンパク質に抗体をつくったり、フリーラジカルの生成の原因になるなどして慢性炎症を発生させる。結果、脳の神経細胞やDNA、血管を傷つけて脳への栄養供給を減らしたりする。
糖尿病が進みインスリンの絶対量が不足すると、記憶や学習などに関係する神経伝達物質アセチルコリンが減少し、ADが進行する。この物質はブドウ糖を材料に脳内でつくられるため、脳内のインスリン情報伝達に支障が出れば、糖代謝異常が起こり、つくられにくくなる。
「脳は糖分以外のエネルギー源を利用できない上に大食いで、酸素不足に弱いのが特徴です。そのため、低血糖発作を起こせば、1回ごとに脳に傷痕を残します。それもまたADに近づけます」
■「脳だけ糖尿病」がADを招く
こうしたことは糖尿病の人に起こる現象だ。しかし、ADは糖尿病とは無縁の人でも発症する。なぜか。
「“脳だけ糖尿病”の人がいるからです。インスリンには記憶力を高める作用があり、鼻から吸入させると、正常な人の記憶が15分後には良くなります。一方、インスリンは膵臓だけでなく脳内の海馬でもつくられています。海馬のインスリン抵抗性が高まると、脳内のAβの分解・排除がうまくできなくなりADリスクが高まる。ADは“脳の糖尿病”が原因である可能性が高いのです。そのことは私と、虎の門病院付属の『冲中記念成人病研究所』新郷明子博士との共同研究でも明らかにしています」
新郷博士の実験では血糖値が正常の“脳だけ糖尿病”ラットをつくり、その脳内に持効性インスリンを1回注入したところ低下していた空間認知機能が改善して正常になった。その後、このラットを解剖すると脳内でAβが増加していたという。
「私は、“ADの原因が脳内に蓄積したAβにある”ことを否定しません。ただ、その大本には海馬を中心とした脳内でのインスリン抵抗性にあると考えています。ですからADの根本的治療は新薬がなくても可能で、糖尿病の薬を適切に使用してその効果を数量表示可能な画像診断により経過追究的に確かめることが大事だと思います」