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【尊厳ある介護(66)】 認知症の人に「私が誰だかわかる」と聞いてはダメ
分からなければ傷つけるだけ
施設で行っているレクリエーション時のことです。
介護スタッフは利用者を前にして「今日は何月何日でしょうか?」と、問いかけました。
「12月25日火曜日じゃ」と、利用者の鹿田一郎さん(仮名83歳)はカレンダーを一瞥して自信満々に答えました。
「そうです。今日は12月25日火曜日です」と、介護スタッフは言ってレクリエーションを始めました。
その風景を側で見ていた私は、ほとんどの利用者が日付に何の関心も示していないことに気付きました。
そこで、「利用者全員に今日の日付を問う目的は何ですか?」と、そのスタッフに聞いてみました。
すると、「認知症が進まないように日付を意識して欲しいからです」と、答えが返ってきました。
確かにリアリティ・オリエンテーション(現実見当識訓練)と言って、今日は何月何日なのか、今いる場所はどこなのかなど生活上の基本となる情報を反復して訓練することで、認知症の進行を遅らせる療法がないわけではありません。
鹿田さんのようにカレンダーで日付を確認できる初期の認知症の人であれば効果が出るかもしれません。
しかし、認知症が進んだ中・重度の人にとって、リアリティ・オリエンテーションを行うことは、それほど有効ではないように思います。
むしろ、今日の日付を尋ねると「こんなことも分からなくなってしまった」と気落ちし、自信失わせることになるかもしれません。
ましてや、施設に入所している利用者は、特別な事がない限り今日が何月何日かは関係なく生活しているのです。そのため、それを認識するための訓練をしても意欲は引き出せません。
さらに、初期の認知症の人であったとしても、人や内容によっては「こんな誰にでも分かる質問をして馬鹿にしている」と、憤慨する人もいます。
だから、利用者一人一人をしっかりと観察して、価値観・心身の状態・保存能力・趣味嗜好・日常生活での課題などを把握する必要があるのです。
ところが、私たちは認知症の人を試したりしたくなるのです。
施設に入所しているお母さんを見舞ったご家族が、「母は私の名前だけでなく、娘だということさえも分からない様子でした」と、淋しそうに話されました。
良く聞いてみると、娘さんはお母さんに「私が誰だか分かる?」と聞いたら、少し考えて口元に笑みを浮かべ「いい人」と答えたそうです。
だとしたら、お母さんは目の前にいる娘さんを認識しており、名前を忘れたのでいい人と言って取り繕い、自嘲したのかもしれません。
認知症の人はたとえ家族であってもプライドから、自分の恥や失敗を悟られたくないのです。
それだけではありません。
時に、私たちは認知症の人を脅すこともあります。
食事を残そうとすると「ごはんを食べないと元気になれませんよ」、薬を嫌がると「薬を飲まないと体調が悪くなりますよ」、介助が必要なのに一人で歩こうとすると「今度転倒したら歩けなくなりますよ」などと言うのです。
もちろん、利用者の事を思ってのことですが、認知症の人は不安感が強いので、それを煽るとますます増長します。
そこで、「ごはんを食べると元気になりますよ」、「薬を飲むと体調が良くなりますよ」、「歩く時は気兼ねせず声をかけてください」などと、ポジティブな言葉に変換する訓練が必要です。
すると、利用者だけでなくスタッフやご家族の意識に、肯定的な変化が起こります。
だから、認知症の人を試したり脅したりしないで、自信が持てるよう優しく話しかけて欲しいのです。
(注)個人が特定されないよう倫理的配慮をしています。
■里村 佳子( 社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム統括施設長 )
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設の担当理事。2017年10月に東京都杉並区の荻窪で訪問看護ステーション「ユアネーム」を開設。