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正しい睡眠がアルツハイマー病を防ぐメカニズム

先日運動がアルツハイマー病の症状を改善してくれる理由の一つを突き止めた研究を紹介したが、その逆、すなわち睡眠異常がアルツハイマー病の発症に関わるという多くの論文が発表されている(例えば筆者のコラム)。ただ、これらは一種の観察研究で、なぜ睡眠が妨げられるとアルツハイマーリスクが高まるのか、その因果性について調べる研究は始まったばかりだ。

一つの切り口は、睡眠が起きている時脳で生成した様々な老廃物を除去するのに重要な働きをしていることの認識だ(筆者コラム)。アルツハイマー病はβアミロイド蛋白(Aβ)やTau蛋白が細胞外や、細胞内に蓄積して炎症が起こり、その結果神経細胞が失われる病気なので、このような厄介者を少しでも外に排出することは重要だ。

これに加えて、脳の活動自体がTauやAβの分泌を促すが、この量やパターンが睡眠障害により変化しアルツハイマーリスクを高めるという考え方がある。今日紹介したいワシントン大学からの論文は、この考えを裏付けるように、睡眠によって脳脊髄液中のTauタンパク質も睡眠と並行して日内変動しており、睡眠障害によりこの量が高まることを示した、少し恐ろしい研究で2月22日号のScienceに掲載された(Holth et al, The sleep-wake cycle regulates brain interstitial fluid tau in mice and CSF tau in humans(睡眠と覚醒のサイクルによってマウスの脳組織間液、およびヒトの脳脊髄液のTauレベルが調節されている)Science 363:880, 2019)。

研究は極めて単純で、まずマウスの脳組織の間質液中に含まれるTauの量を測定すると、βアミロイド蛋白や脳の活動を示す乳酸と同じように、Tauのレベルも活動と睡眠により上下することがわかる。そしてこのような変化は、Aβの変化よりTau分子の方がはるかに大きいこと、また脳の活動を薬物で抑えるとこの変動がなくなることを明らかにする。

もともとβアミロイド蛋白は細胞外に発現している分子なので分泌・蓄積してもいいと思うが、細胞内にあるTauが細胞外液に分泌され、しかも変動が大きいというのは驚きだ。同じように、人間の脳脊髄液を採取させてもらって同じように日内変動を調べると、朝起きる前がTauのレベルは一番低く、その後脳の活動とともに上昇する。

次に、眠ろうとするマウスを突いて眠りを妨げる実験を1ヶ月続けてTauの変動を調べると、休んでいる時間でもTauのレベルは高くなるので、日内変動はあるにしても、睡眠によってTauのレベルが異常に上がらないよう調節されていることが明らかになった。

ただ、このような手で突いて起こすという実験はそれ自体でマウスのストレスを誘発するので、最後に脳細胞の活動を薬物でコントロールできるよう特殊な受容体遺伝子を導入したマウスを作成し、薬剤を注射してマウスを眠れないようにする実験を行い、同じように細胞間液中のTau分子のレベルが高まることを示している。

実を言うとこの遺伝子導入を用いる凝った実験系がこの研究のハイライトなのだが、結論は原始的な手で突いて眠らさない実験と同じだ。

他にも眠りが妨げられると、細胞毒性を持った沈殿型Tauがシナプスを通って伝搬しやすくなることも示しているが、この実験は話を複雑にするので割愛する。

以上が結果だが、この研究はあまり原因について議論していない。TauやAβは細胞外に分泌されると2時間で除去されることから、著者らは眠りの役割がタンパク質を単純に除去するためだとは思っていないようだ。従って、Tau分泌に関する限り、眠りの最大の役割は神経活動を抑えることになる。また凝集したTauがシナプスを超えて伝搬するのも神経活動依存的なので、眠りによりこの伝搬も抑えられる。

結局この研究からわかったのは、Tauの分泌と伝搬に関わる神経活動はアルツハイマー病のリスクになると言う点だけで、なぜ睡眠がこのリスクを下げるのかには迫れていない。睡眠中ももちろん脳細胞は活動する。とすると、睡眠という活動パターンが、日内変動を常に正常レベルに維持していることになるが、この睡眠パターンとは何なのか?これがわかるまでは、枕を高くして眠れない。